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《謝》

上海書城で「漢訳日」というタイトルの本を購入した。

中には10の小文が載っており、中国語と日本語が併記されている。

魯迅や老舎の文章もある。

第2課の「匆匆」(朱自清)という文章に、「桃花謝了」という文があった。

《謝》【xie】には、『(花や木の葉が)しぼむ、散る』の意があるらしい。

こういうときは、漢和辞書も開いてみる。

漢字源によると、

射(シャ)は、はりつめた矢を手から離しているさま。
矢をいれば、弓の緊張がとけてゆるむ。
謝は「言+射」で、ことばにあらわすことによって、負担や緊張をといて気楽になること。


なんだろう。

とても深い意味があるように思える。

「ことばにあらわすことによって、負担や緊張をといて気楽になる」

「感謝」の『ことば』をあらわすことは、人の負担や緊張を解いてくれる。

「情けは人の為ならず」というが、「感謝は人の為ならず」ともいえそうだ。

それは、先人から代々伝わっている宗教の基本的な教えでもあるのではないか。

「感謝」ではなくとも、人は想いをことばに表すことで、楽になる。

そんなこと、人は何千年も前から知っていたことなのですね。

いやむしろ、昔の方がそのことを肌で感じることができたのかもしれない。

ところで、この意味から『(花や木の葉が)しぼむ、散る』が派生したのだと思いますが、

では、花や木の葉にとっての『ことば』とは何にあたるのだろうか。

それをあらわすことによって、花や木の葉は「負担や緊張をといて気楽になる」

→「しぼむ、散る」

『ことばを探している』なんて文句が歌謡曲などにありますが、

花や木の葉があらわす『ことば』にあたる、

自分にとっての『ことば』とは何かを、人は探しているのかもしれない。
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テーマ:中国語 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2008/07/11(金) 15:04:14|
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